2010年1月8日

貸金業法とキャッシングの今後

貸金業法の改正によって、かなりの制限が設けられました。

それは、借金をする消費者にとっても、キャッシングをしてもらう債権者にとっても、不自由を強いられるということになります。

それによってキャッシング被害がどの程度減っていくのかというのは、今後しっかり観察していく必要のある結果項目と言えます。


キャッシングは、本来困った人を助ける為の社会的システムであるべきです。

しかし現在では、困った人をより困らせる為のシステムとなりつつあります。

日本自体、借金を数多く抱えている中で運営されている国です。

その中で、国民も借金で困るとなると、本当の意味で借金大国になってしまいます。

貸金業法の改正は、そういったネガティブな思考を断ち切るという意味でも必要なものでした。

ある種の景気対策とも言えるのではないでしょうか。


今後、この改正によって効果があると立証されれば、さらなる貸金業法の改正が行われていくでしょう。

そうなってくると、貸金業者もそれなりに対応に追われ、システムはより複雑化していくことに繋がる可能性があります。

いわゆる「法の目をかいくぐる」という手法ですね。

そうしたら、今度は貸金業法の方もどんどん複雑化していく可能性は否定できないでしょう。

それらが、新たな問題として勃発してくると、別の意味で消費者が苦労する事になるかもしれません。


いずれにせよ、借金の形態は、今後もどんどん変わっていくことが推測されます。

貸金業法は、それに合わせて、できるだけわかりやすい取締りをして欲しい所ですね。

貸金業法とテレビCMの関係

消費者金融のテレビCMは、年々増えているような気さえしています。

ただ、このテレビCMを巡っての問題というのも、結構話題になったりしていますよね。

一番有名なのは、アイフルのチワワを使用したCMですね。

このCMは社会現象にもなり、チワワの売り上げ大幅アップ、出演者のブレイクなど、様々な話題を提供する一方、その後のアイフルの貸金業規制法違反、そしてCM中止といった流れが起こした波紋も非常に大きかったようです。


元々、消費者金融のCMというものは、テレビタレントもイメージダウンに繋がるとして、出演を見合わせるというのが通例でした。

しかし、上記のチワワブームや、小野真弓さんのブレイクなどによって流れが変わり、多くのタレントが出演するようになりました。

現在でも、有名芸能人が多数出演しており、特にタモリさんの出演は様々な波紋を投げかけました。


こういった流れは、同時に本来は子供に見せるべきでない消費者金融のCMをテレビが推進しているという抗議を生み、かなりの問題となりました。

キャッシングによる被害の拡大を助長しているのでは、という意見ですね。

確かにそのような面が無いとは言い切れず、貸金業法の改正で、自主ルールともいうべき規制が設けられました。


まず、子供がテレビを見る時間帯(7?9時、17?22時)には消費者金融のCMを流さないというものです。

これによって、子供が消費者金融のCMを見る機会を極力無くすという狙いです。

実際問題として、消費者金融側としても、子供にCMを見せるメリットはほぼ皆無なので、特に問題なく成立するルールと言えるでしょう。

一方、その分を深夜などに回すことで、かなりの量のCMが深夜枠で流れるなどの懸念もあります。

貸金業法の改正は、テレビCMにも大きな影響を与えているのです。

貸金業法と債務整理の影響

貸金業法の改正は、債務整理に関してもかなり影響を与える事になりました。

2006年に改正の内容が成立し、2007年から段階を踏んで実施されている貸金業法の改正ですが、その中でも一番債務整理に影響するのは、やはりグレーゾーン撤廃でしょう。

これによって、金利がかなり見直しされるからです。


実際にグレーゾーンが撤廃されるのは、2010年の6月からなのですが、それを見越し、既に多くの金融会社が金利の見直しを行っています。

その為、債務整理の状況も刻一刻と変わっているようです。


具体的には、金利に関するトラブル、あるいは解決というものが増えてきているのです。

トラブルに関しては、特に金融企業の金利の宣伝方法や、実際にどれくらいの金利が付くかわかりにくいといった苦情が増えているみたいですね。

現在、貸金業界では金利競争が勃発しています。

少しでも安い金利をという事で、顧客を多く抱える為に金利の引き下げ合戦が行われているのです。


ですが、その一方で、いかに実質的な金利と最低金利を剥離させるかという方法もいろいろ考えられています。

つまり、特殊な条件下における金利を引き下げ、その金利を大々的に宣伝広告に使用し、ノーマルなキャッシングの場合は結構高い金利で貸付を行うという手法が見られるようになったということです。

こういった方法が一般化したことで、トラブルが増えているのです。


一方、解決というのは、元々債務整理中だった債務者と債権者が、金利引下げに伴い、返済額を緩和して和解に至るというケースです。

債権者としても、この忙しい時期にあまり多くの案件を抱えたくないという事情があるのでしょう。

結構こじれていた話し合いが和解するというケースが多く見られているようなのです。

いずれにせよ、今後さらにそういった話は増えてくるのではないでしょうか。

貸金業法と年収証明書提出の意味

貸金業法の改正によって生まれた流れとして、年収証明書を審査に加えるという項目が追加されました。

これは、50万円以上の借り入れを行う際、年収を証明する書類の提出を必須とするという項目を貸金業法に加えるというものです。

この改正をはじめ、貸金業法改正によって、消費者が安易に高額のキャッシングを行う事を制限するという項目がかなり増えています。


例えば、融資額の制限です。

毎月の返済が月収の3分の1を超える融資に関しては、受けられないようになっています。

具体例を挙げると、現在の年収が240万円の人が、月7万円の返済を必要とするキャッシングは原則として行えないということです。

360万円の年収の人は、10万円以上月に支払う必要のあるキャッシングはダメということですね。


また、キャッシングする際の審査も、名目上は厳しくなりました。

実際にそれがキャッシングする時の障害となるかどうかはその会社にゆだねる部分もありますが、現在の収入や支出、家族構成、あるいは勤務先といった、これまではあまり多く聞かれなかった部分をしっかり聞くようにという指導がなされたようですね。


こういった、消費者に対しての制限というのも、消費者を守る為には致し方ない部分ではあります。

多くの自己破産者、あるいは借金で苦しんでいる人は、本来しなくてもいい借金や、しっかり計画を立ててれば滞りなく返済できた人ばかりなのです。

そういった人達が今後増えていかないよう、キャッシングにも節度を持つような方向へ導くというのが、貸金業法改正の意義なのです。

債務整理依頼の無視は禁止

借金をしてしまった場合、それでもしっかり計画を立てて返済すれば、それは恥でも何でもありません。

実際、そういう考えは既にだいぶ浸透してきており、キャッシングを行う事に抵抗のない人も増えています。

それはそれで問題ではありますが、きちんと返済さえできれば、それは自己判断に伴う行動なので、大きな問題とはなりませんよね。


ただ、中にはそういったキャッシングを行っていく事で、悪徳業者に捕まる人もいます。

そうなると、人生を揺るがす大問題に発展する事になるでしょう。

貸金業法の改正で取り締まりはかなり厳しくなりましたが、元々貸金業法をはじめとした法律を遵守していない悪徳業者にとっては、あまり関係のない事。

容赦なく法外な金利を要求してくるでしょう。


そうなった場合は、弁護士や司法書士に依頼して、債務整理をしてもらうことになります。

今後収入の見通しが立たず、どんな方法でも返済が不可能と判断されれば、自己破産という事になるでしょうが、ある程度収入の目処が立っている場合は、債務整理という形がとられます。

債務整理は、弁護士や司法書士が債権者と債務者の間に入り、債権者と話し合いをして、これくらいの額なら返せるので、これで手を打ちませんか、と打診する行為ですね。

これによって、当初請求されていた額から大きく縮小した返済額となるケースは非常に多く、相手が悪徳業者の場合は支払いをしなくて済むケースも出てきます。

この債務整理、相手に大きな非がない場合でも、返済額が大きく減るケースが多々あるので、どうしても返済ができないという人は、まず専門家に相談しましょう。


さて、ここで問題となるのは、債権者がこの債務整理を無視し、取立てを継続した場合です。

基本的に、債務整理の請求をしている段階では、取立ては禁止事項となります。


債務整理を無視した場合は貸金業法違反となるので、その時点で悪徳業者とみなす事ができます。

2010年1月7日

債務者以外への取立ては禁止事項

借金を背負うと、基本的には返済の義務があるのですが、中には返済をなかなかできないという状況に追い込まれるケースもありますよね。

そういう場合、債権者は債務者に対しての取立てだけではなく、債権者以外への取立てを行うというケースがかなりあります。

また、悪徳業者は、法外な年利を設定し、それを要求する事がよくありますが、その金利を支払えない場合も、このような債権者以外への取立てが行われる事が多いようです。

対象となるのは、家族や親戚、友人、同僚などに対してですね。

こういう行為も、よくドラマなどのフィクション作品で目にする機会があります。


実際、このような行為はかなり頻繁に行われていました。

現在では貸金業法によって禁止されていますが、この件に関しては、今も結構行われているようですね。

貸金業法における取締りをさらに強化すべき点と言えるかもしれません。


債務者以外への取立ての中でも、特に厄介なのが親や祖父、祖母への取立てです。

兄弟や親戚、あるいは友人などは、基本的にいくら取り立ての電話やメールなどが入っても、相手にする事はないでしょう。

もちろん迷惑行為にはなりますし、同時に借金の事実の漏洩に繋がるので、債務者にとっては辛い行為であり、悪徳業者にとってはそれが狙い目なので、回収はあまり考えていないというのが実情でしょう。


ただ、親や祖父、祖母に関しては別です。

責任感や情から、言われたとおりの金額をそのまま返してしまうケースが多いからです。

その為、悪徳業者は親などへの取立てに関しては、かなり頻繁に行う事がよくあります。

もし、自分が不当な金利での取り立てにあっている場合は、その旨を周囲の人に伝える事も、周囲の人への迷惑を緩和させるという意味では重要な事かもしれません。

貸金業法に違反している行為だと言えば、たいていの人は理解を示してくれるでしょう。

張り紙は禁止

現在の貸金業法においては、張り紙による貸し入れの事実の公示は全面的に禁止事項となっています。

これも、ドラマなどではベタな手法として使われている方法ですね。

債務者の家の近くの壁や電信柱に、『この家の人間はこれだけの借金をしています』という、具体的な個人情報を明記した張り紙を沢山張ったり、ビラとして配ったりするというものです。

今ではほとんど見かけませんが、昔は実際に行われていた方法の一つだそうです。


意図は当然、債務者を精神的に追い込む事です。

債務者に返済能力がないとわかった場合、基本的に悪徳業者は債務整理をされる前に、借金を他の会社にして自分の所に返済させるか、保険などの別の手段でお金を作らせるか、などという強硬手段に打って出ていました。

今もそれは変わらないようですが、現状ではそういった行為はもちろん、精神的な追い込みに関しても全面的に禁止しています。


張り紙をするというのは、周囲の人間に対して債務者のプライバシーを漏洩するという意味では、事件性を伴う犯罪と言えます。

貸金業法に違反するだけでなく、張り紙の撤去に費用がかかる場合は『不法行為』となりますし、自宅の家や壁に貼られた場合は『建造物損壊罪』や『器物損壊罪』が成立する可能性もあります。

そこまでは至らない場合でも、軽犯罪法となる事は十分考えられます。


また、張り紙が借金の事実を漏洩している事で、やはり『不法行為』となりますし、もし中傷的な内容が含まれていれば、『名誉毀損罪』や『侮辱罪』を問う事も可能でしょう。

いずれにしても、まずは専門家と話し合う事が重要です。

勤務先押しかけは禁止

新たな貸金業法では、勤務先への押し掛けは全面的に禁止しています。

この点は、貸金業法が大きく進化した一つと言えるでしょう。


借金というのは、誰でも周りの人に知られたくないもの。

自分が借金をしているという事が判明したら、周囲の自分を見る目が変わるという懸念があるからです。

これは被害妄想でもなんでもなく、実際にそうなる可能性が非常に高いと言えます。

経済的に苦しい状況を悟られるだけでなく、返済がしっかりできていない、お金にルーズな人だという認識をされる事にも繋がるからです。


そして、それがもし会社の同僚や上司に知られる事になれば、それはとてつもない痛手となります。

借金をしている人という認識をされると、上司からの信用を大きくなくす事に繋がりますし、同僚からも白い目で見られるでしょう。

大げさな話でもなんでもなく、そういった理由でプロジェクトから外される、重要なポジションから撤退を余儀なくされるという事態も、十分考えられるのです。


こういった勤務先への取立て行為は、半ば嫌がらせに近い形で行われていました。

本来、債務者の経済状況を悪化させかねないこういった行為を行うのは、債権者にとってもあまり有意義ではないはずですよね。

そこで、あえてそういう行為を行うのは、精神的に追い詰めて、他の会社から借金させて自分のところに返済させるように、あるいはもっと悲惨な状況に追い込むように仕向けていると考えられます。


尚、現在の貸金業法では、他の金融業者への借金を債権者が促す事は全面的に禁止されています。

正規時間外の取立ては禁止

貸金業法の改正で、借金を抱えている債務者への苛酷な取立ては全面的にタブーとなりました。

この貸金業法を守っていない貸金業者は、悪徳業者とみなしても構わないと言えます。

また、中には、大手でもこういった取立てを未だにしているところもありますから、油断は禁物です。

何かあればすぐに専門家を頼るくらいの心構えでいる方が良いでしょう。


悪徳業者がよく行う取立て方法としては、保険金を使って返済するよう示唆するというものです。

よくドラマなどで、生命保険を使って借金を返済するシーンがありますが、実際にそうするよう直接は言わないまでも、それを示唆するような内容であれば、現貸金業法ではアウトです。

その内容から十分にその意図を感じられる言葉を向けられた場合は、専門家にその旨を伝えるようにしましょう。


また、取立てを行う時刻に関しても、貸金業法ではしっかり定められています。

午前8時から、午後9時までの間です。

つまり、午後9時から午前8時(21:00?8:00)の間の夜間においては、借金の取り立ては全面的に認められていないという事です。

にもかかわらず、夜間に債務者の元を訪れているのは、例え『取立てが目的じゃない』と主張してもアウトです。

電話やメールに関しても駄目です。

基本的に、夜の9時以降に何かしらのコンタクトがあった時点で、相手は違法な行為をしているとみなして構いません。

その場合は、専門家へ連絡して止めさせてもらうようにしましょう。

2010年1月6日

威圧的な取立ては禁止

基本的に、貸金業法では少しでも暴力的とみなされる取立てに対しては禁止しています。

これは貸金業法の改正によって大きく改善された部分と言えるでしょう。

債務者のほとんどは、自分が借金し、尚且つ返済期間が迫っている、あるいは過ぎている事に対して負い目を持っています。

その為、多少脅しを受けても仕方ないという感覚にどうしても陥りがちです。

ですが、実際にはそうではなく、たとえ借金が返済できない状態であっても、取立てが悪質であれば、それに対してしかるべき処置をとっても良いのです。

その心構えをしっかりしつつ、どういった取立て時の行為が禁止事項となるのかを知識として備えておきましょう。


取立て時において、してはならない行為は多数ありますが、その中のひとつに、相手を威圧する行為というのがあります。

脅し文句はもちろん禁忌です。

少しでもそれに該当する言葉が含まれた場合は、その時点で法律違反となります。

また、多人数で押し掛けるのも駄目です。

多人数というところの解釈が少々難しいのですが、常識的な範囲で考えると、四人以上はアウト、三人でも場合によって違反とみなされるかもしれません。

債務者の立場としては、三人も一度に押し掛けてくれば、やはり威圧的に感じてしまうものです。

こういった取立てを受けた場合も、すぐに司法書士や弁護士などの専門家を頼るようにしましょう。


基本的に、威圧されるというのは本人の感覚ですが、それが客観的に見てそうだと判断するには、専門家の意見は必要です。

まずはメールなどで相談からしてみてはいかがでしょう。

暴力的な態度の取立ては禁止

貸金業法が2006年に大きく改正された事で、これまで苛酷な取立てを行っていた貸金業者も、これまでのような方法で取立てることはできなくなりました。

とはいえ、未だに旧時代の方法で取立てを行う悪徳業者も少なくありません。

ドラマや映画の影響もあって、こういった苛酷な取立ては、どこか貸金業者の代名詞的な意味合いを帯びており、その為に「これが当たり前」と認識している貸金業者が多いのです。


また、債務者側としても、そういった債権者側の取立てが当然であるという認識が未だ根強く、貸金業法改正の事実をまだ知らないという人も結構いるのが現実です。

債務者は、返済する為の努力を惜しんではならないその一方で、自己防衛の為にそういった取立てに対して異議申し立てができる事を知っておくべきです。


例えば、『暴力的な態度』に関しては、全般的に禁止事項となっています。

暴力を振るわれるという事はまずありませんが、ドアを強く叩かれたり、玄関の壁を叩かれたりすることはあるかもしれません。

こういった行為に関しても、『暴力的な態度』に該当します。


もし、このような態度をとられた場合は、速やかに専門家に相談するようにしましょう。

同様に、大声をあげたり、荒々しい言葉で請求する事も、禁止対象となります。

特に大声に関しては、周囲の目というものに対して大きな影響を及ぼします。

もし、取立ての際に大声で自身が借金している事実がわかる内容の言葉を向けられた場合は、やはり専門家へ相談する事をお勧めします。

消費者金融の利用目的

貸金業法改正によって、多くの消費者が貸金業による被害を免れるようになりました。

ただ、貸金業法が改善したその一方で、貸金業者の横暴とは関係なく、消費者側の行動によって発生する問題については、まだ継続して起こり続けています。

これは、消費者のモラルの問題といえるでしょう。


どういった理由でキャッシングを行うのか、返済するあてはあるのか、綿密なプランを立てて返済に尽力できているのか、などという点で問題が生じると、中には返済ができずに大きな問題へと発展するケースも出てくるのです。


特に重要なのは、キャッシングをする理由ですね。

止むを得ない、人生の中においてここで借金をしないとその後生活することが困難である、という状態でない限りは、本来キャッシングはすべきでないのですが、中には安易な理由で借金をしてしまう人もいます。

そういう借金で自分だけが苦しむのならいいのですが、結果として周囲の人を巻き込む可能性もあります。

そうならないよう、キャッシングの際には十分な注意が必要なのです。


現在、キャッシングによって借り入れを行う理由としては、『収入減』、『低収入』によって生活が難しくなった場合、というケースがかなり多いようです。

これは時代背景を如実にあらわした動機と言えます。

致し方ない理由と言えるでしょう。


ただ、中には本当に厄介な理由もあります。

例えば、ギャンブル。

あるいは高価な物品の購入や、遊興費もそうですね。

単なる我欲の為に行った借金は、返済感覚もあまり持ち合わせないことが多く、また際限がない為、多くの場合は多額の借金を抱える原因となります。

こういった理由の借金の場合、自己破産ができないケースもあるため、まさに人生を棒に振る行為と言えるでしょう。


また、借金返済のための借金も多く、この場合は最悪のケースも考えられます。

可能な限り回避すべきでしょう。

2010年1月5日

貸金業法改正の背景

平成に入り、カード破産が社会問題となった後も、貸金業法の改正はなかなか行われませんでした。

その一方で、さらに貸金業は肥大化し、巨大マーケットを形成していました。

日本における貸付残高は実に14兆円以上に膨れ上がり、利用者数は1500万人に達しているといわれています。

日本の人口の1/8に該当する数字です。

極端な事を言えば、日本人の実に8人に1人は何らかの形で金融業者から借金をした経験があるということになります。


こういった金融業界の市場マーケットが拡大したことも、貸金業法改正の大きな背景となりました。

あまりにも利用者が増えたことで、当然それに比例してヤミ金融の被害者の数も大幅に増え、警察、行政としても、自己責任という形で片付けられる問題ではなくなったとようやく重い腰を上げるに至ったのです。


また、数だけでなく、その質も悪化の一途を辿り、それも改正の要因となりました。

というのも、多重債務が非常に多くなったのです。

通常、多重債務というのは起こり得ないものでした。

というのも、基本的にこの多重債務というのは、借金を抱えている人がさらに借金をする事で発生するというものです。


ですが、普通はまだ他の会社の借金を返済していない人に対してお金を貸すというのは、リスク管理の面から言ってもまずあり得ませんでした。

そういった人にも貸し出すヤミ金融が増えたことで、多くの多重債務者が増えたのです。

これでは、沢山の人が借金で潰れてしまうということで、法律の改正に踏み切ったのです。

これが、貸金業法改正の背景です。

2006年の貸金業法改正その3

2006年に行われた貸金業法の大々的な改正では、源泉徴収票等の提出も義務付けられました。

1社で50万円、複数の会社で100万円以上の貸付を行う場合、必ず源泉徴収票等を提出しなくてはならなくなったのです。

また、年間収入の1/3を越える貸付を禁止する事項も設けました。


さらに、長期の事業休止や事業開始の遅れに対しても厳しい指導を行うようになり、6ヶ月以上の事業休止や開始遅れを正統な理由がなく行った場合は、登録抹消という処置をとるようになりました。

これは、金をせしめて逃げるヤミ金融の特定をしやすくする為の処置です。

貸金業法改正によって、登録から日が浅い貸金業者は、基本的に怪しいという見方をされるようになりました。


この他、ヤミ金融対策としては、ヤミ金融への罰則最高刑の引き上げが行われました。

懲役を最高5年だったところから、10年に引き上げたのです。

これによって大きな変化が生まれたかどうかはわかりませんが、罰則の引き上げは、現状で最も有効な犯罪抑止力と言われています。


こういった、様々な改正が行われたことにより、貸金業者はその営業形態を大きく変えることになったようです。

グレーゾーン金利撤廃の余波は特に大きく、これまでは全体的に協定を結んでいた感が強かった金利に関して、競争意識が強くなり、より金利を引き下げ、貸金業を広く多くの人に利用してもらおうという動きが活発化してきました。

負い目なく借りられるよう、インターネット上で手続きができたり、コンビニでキャッシングしていると周りにわからない状態で借り入れができるようにするなど、工夫を第一に押し出すようになったのです。

2006年の貸金業法改正その2

グレーゾーン金利撤廃の決定が大きな目玉となった2006年の貸金業法改正ですが、それ以外の部分もかなり改正がなされました。

その中には貸金業者にとって頭の痛い内容も多く含まれていたことから、結構もめていたようです。


2006年に行われた貸金業法改正では、金利に関する改正の他、貸金業の適正化、過剰貸付けの抑制、ヤミ金融対策の強化等といった、これまでにも行われてきた改正をさらに踏み込んだ形で施行する事になりました。

その中でも、貸金業の適正化に関しては、特に多くの事項が改正されることになりました。


まず、貸金業参入に必要な純資産額を、個人300万、法人500万から、2,000万円に引き上げました。

今後はさらに、5,000万円に引き上げる予定と言われています。

つまり、相当な額の資産が無いと、貸金業を営むことはできなくなったということです。

少ない元手であくどいやり方で私服を肥やすことはできなくなりました。


この他も、貸金業協会における自主規制機能の強化や、過剰貸付けの抑制などの事項も盛り込まれていました。

さらに、夜間だけでなく日中における執拗な取立て行為、特定公正証書作成の委任状取得、利息制限法を越えた契約の特定公正証書作成嘱託といった行為を全面的に禁止としました。


そして、これもかなり波紋を呼びましたが、借り手が自殺する事によって生命保険金で弁済するという行為も禁止しました。

2時間ドラマの動機などでよく使用されるこういった行為は、実際に行われる事もあり、それを防ぐ為の改正となったようです。

2010年1月4日

2006年の貸金業法改正その1

貸金業法の改正は、平成に入ってから段階を踏んで何度も行われてきました。

そして、その最終段階となったのが、2006年に行われた大々的な改正です。

この2006年の貸金業法改正によって、貸金業法というものがようやく正式に機能したと言えるかもしれません。


元々、2003年の段階で『3年を目処として見直しを行う』という事が宣言されていたので、この2006年の改正は予定通りではありました。

ただ、その内容はこれまでにないほどヤミ金融への対策や貸金業法の穴に対して踏み込んだもので、ここに来てようやく本当の意味での改正がなされたと言えるでしょう。


その改正の内容は、かなり多く一度に全て変えていくのは難しいことから、段階を踏んでの施行となりました。

あらゆるトラブルを防ぐ為には仕方がない処置ではあります。


こういった経緯で改正された内容としては、まず何といっても金利の適正化が第一の目玉となりました。

上限金利を引き下げ、グレーゾーンの撤廃を行うというものです。

2006年、最高裁判決を契機に、貸金業規制法施行規則の改正を行い、このグレーゾーンをなくすという事が正式に発表されました。


ただ、実際に実施されるのは2009年末という事で、反映されるには結構な時間がかかってしまうことになりました。

とはいえ、金融業者としても、この時期までギリギリグレーゾーンを生かし続けるのは会社のイメージを損なう事になるだけという事で、改正が宣言された事を受け、早めに上限金利を引き下げようという動きも活発化し、金利を少しでも低くするという競争が見られるようになったのです。

2004年の貸金業法改正

2001~2002年の貸金業法改正によって、出資法の定める上限金利は29%にまで引き下げられました。

また、2000年代に突入し、日本の景気もかなり変動し、これによって貸金業は大きな改革を迫られることになったのです。

主に、イメージの変化を重点とした改革が行われ、各大手企業はCM戦略などを行い、貸金業に対するイメージを少しでも良くするという方法を取っていました。


その一方で、ヤミ金というものが廃れることは無く、取締りを厳しくしたものの、今度はインターネット上での貸し出しに関しての様々なトラブルが発生するなど、時代が進んだことで新たな問題が発生し、物議を醸していました。

そういった事もあり、2004年、またも貸金業法の改正が行われることになりました。


この2004年の改正では、主にヤミ金融に対しての徹底した取締りがテーマとなりました。

まず、貸金業の登録要件を厳格化し、普通の金融業者を装ったヤミ金融が登録できないようにすると共に、無登録業者への取り締まり、取立行為への規制をかなり強化しました。

同時に罰則の強化も行い、年間109.5%を超える過剰金利で貸付を行った契約に関しては、無効とするという法律が制定しました。


こういったヤミ金融対策の改正がなされた事で、徐々にヤミ金融による被害は少なくなってきたと言われています。

ただ、それは見かけだけの数字で、実際には泣き寝入りしている人の数はまだかなりいるという状況も、少なからず残っていました。

そういった部分のさらなる強化として、2006年にまたもや改正がなされる事となったのです。

2000~2001年の貸金業法改正

2000年、商工ローン問題に端を発し、ようやく貸金業法に対しての改正が活発化してきました。

2000年に改正されたのは、その商工ローン問題の対策だけでなく、出資法の上限金利の引き下げも同時に行われたのです。

それまでは40.004%だった出資上の上限金利が29.2%に引き下げられ、同時に利息制限法の賠償額制限金利も、2倍から1.46倍に引き下げられました。


この流れは、2001年になっても続きます。

2001年には、出資法で定められている日賦貸金業者に関しての特例金利を、109.5%から54.75%にまで引き下げました。

同時に、相手方に自ら集金するという方法で取り立てなくてはならない日数を、返済期間の70/100以上から、50/100以上とするように改正されました。

これは、過酷な取立てに対しての締め付けをさらに強化した改正と言えます。


そして、貸金業法上における貸付条件などの提示、条件の広告、契約する相手への書面交付、さらには自分達が日賦貸金業者であるという事の提示を義務付けるなどの改正が行われ、貸金業者に対して健全な業務を行わせるべく、かなりの義務付けを実施しました。

これらの改正は、貸金業法における穴をだいぶふさぐに至りました。


ただ、グレーゾーン金利は相変わらず20?29.2%の間で存在し続けているなど問題点も残っており、それが今後の改正に対しての課題となったのです。

とはいえ、この2000~2001年の貸金業法改正は、大きな前進を見せる事になりました。

2010年1月3日

2000年の貸金業法改正

1992年以降、日本の経済はバブル崩壊のツケを支払うことにばかり費やされてしまいました。

その為、貸金業法に関する問題は度々指摘されながらも重要視されることはなく、時間ばかりが過ぎていく状態でした。

そんな中、8年が経過した2000年、ようやく新たな貸金業法改正が行われます。


きっかけは、いわゆる『商工ローン問題』でした。

バブル崩壊以降、中小企業はかなり苦戦を強いられ、金策に励むところが多かったのですが、その中小企業向けのローンとして貸金業者が設けたのが『商工ローン』でした。

商工ローンは法人向けのローンなので、当然小口の個人ローンよりかなり額が多く、貸金業者にとってはオイシイ商売となったようです。

一方、その融資を受ける中小企業の立場を考えると、既に苦しい経済状況の中で借金をするのですから、返済はかなり難しい状態と言えます。


通常、そういう場合は貸付をする業者が破産する恐れがかなり強いため、貸す側としてもリスキーな点が強かったのですが、この商工ローンでは『連帯保証人を立てる』という条件が必須だったので、貸金業者は初めから連帯保証人を当て込んで貸付を行っていました。

そして、その保証人に対しての情報伝達が意図的に制限されていた節があり、そこが大きな問題としてクローズアップされてきたのです。


商工ローンは、銀行がバブル崩壊以降貸付を渋るようになったこともあり、かなり業績を伸ばしました。

その一方、高金利、取立ての仕方などがかなり問題となり、社会問題へと発展していきました。


2000年の貸金業改正は、こういった点が背景となってようやく実現したものです。

問題となっていた保証人に対しての書面交付義務が制定され、取立て行為に対しても規制、罰則が強化されることになりました。

1992年の貸金業法改正

1991年に貸金業法の改正が行われて以降、貸金業が大きく変わったかというと、それ程の変化はありませんでした。

しかし、時代は大きく動きます。

バブル崩壊です。

このバブル崩壊によって、日本の経済は大きく変動するようになりました。


1992年頃に本格化したバブル崩壊の影響は、当然貸金業にも多大に現れ、貸金業法も新たな改正が試みられるようになりました。

また、同時期にノンバンクによる金融不祥事問題が多発し、ノンバンクの経営破たんも増えた事で、こういった観点からも改正が行われたのです。


1992年の改正においては、貸金業者に対して、健全な運営を促すための法案が成立する程度でした。

事業報告書の提出を求めるという権限を発動させたといったくらいで、あまり大きな進展はなかったと言えます。

とはいえ、土地だけでなく株式などについても、 貸付け実態の把握、そして適正化が行われるようにという動きを見せた事で、その後に繋がる改正ではあったと言えます。


ただ、この時期はバブル崩壊によって日本経済が大きな混乱を見せていた為、さらなる貸金業法改正に踏み込むには至らず、この後かなりの空白の時期が生まれてしまいました。

次に改正が行われたのは8年後の2000年で、それまでは具体的な改正はなく、カード問題を始め、様々な貸金業における問題は放置されたまま、時間だけが過ぎていくことになります。

タイミングもよくなかったのですが、この空白の8年間は今思うとかなり勿体無かったといえますね。

1991年の貸金業法改正

平成の貸金業法改正は、幾度となく行われました。

ただ、2006年の改正に至るまでは、具体的な改正案は少なく、形だけのものも少なくありませんでした。

それでも、少しずつ変わっていった事が、最終的にはグレーゾーン金利撤廃の流れを作ったと言えます。

そういう意味では、1991年における貸金業法の一部改正は、大きな第一歩だったと、今にして思えば言えるかもしれませんね。


まず、この1991年は、土地問題が社会問題として発展しているという時代背景がありました。

土地問題というのは、基本的には地価高騰が大きな論点となることが多く、この時期もバブル景気がピークを迎え、地価が際限なく高騰していた時期でした。

その為、貸金業者、そしてローンの金利というものが大きな焦点となっていました。


一方、ノンバンクというものもこの時期に焦点が当たっていました。

いわゆる、預金や為替業務を行わない金融業者で、銀行以外の貸付を行う業者を指しますが、このノンバンクに関しても、これまでは野放しだったのに対し、金融機関同様の指導、監督を必要としているということで、

こういった問題を解決すべく、平成の改正はスタートしました。


この改正によって、貸金業法に『国民経済の適切な運営に資する』という一文が追加されました。

これによって、貸金業者に対して、国民経済という観点から指導、監督が行えるようになったのです。

ただ、これが大きな規制となったかというと、実際にはそれ程効果がなかったようです。

2010年1月2日

そして、平成の改正へ

問題を抱えつつ、昭和58年に運営が開始された貸金業法ですが、やはりその問題は徐々に大きなものへと発展していくことになります。

特に、グレーゾーン金利に関しての問題は全く改善が見られないままで、貸金業者の多くは、このグレーゾーン金利に関しておとがめなしという判断を下し、利息制限法ではなく出資法の上限金利を用いて貸金業を営んでいました。


さらに、平成に入るといわゆる『ヤミ金融』と呼ばれる悪徳業者が増加の一途を辿り、クレジットカードでの買い物が一般化したことで、カードによる借金、そして法外な金利に対して支払いができずに自己破産、という流れのいわゆる『カード破産』が頻繁に発生し、大きな社会問題となったのです。


こういった経緯もあり、貸金業法は改正が行われる事になります。

最初に改正がなされたのは平成15年です。

通称『ヤミ金融対策法』として制定されましたが、はっきり言って、この改正は不完全でした。

その為、3年後となる平成18年に、今度は大々的な改正が行われる事となったのです。

これには、グレーゾーン撤廃に関する世論の声が反映され、結果としてこの改正によって貸金業の適正化、グレーゾーン金利の廃止が正式に行われました。


まだ問題はあるものの、この改正によってかなり大きな改善がなされ、貸金業法はようやく正しい運用がなされるようになりました。

それに伴い、各金融業者もこの法律に合わせて金利の引き下げを行うようになり、そこで各金融会社の金利引下げ競争が勃発するなど、様々な変化が見受けられたのです。

ようやく貸金業法成立。しかし問題残したまま…

サラ金問題で社会問題となり、グレーゾーン金利で過去との整合性が一向に定まらず、結果的にかなりこじれてしまった貸金業問題ですが、昭和57年にようやく一つの区切りを迎えます。

昭和57年、第96回国会で定められたのは、グレーゾーン金利の部分について、債務者が任意で支払った場合に関しては、返還を請求できないというものでした。

これには穴があり、いずれそこが大きな問題となるのですが、この時点ではまだその穴に対しての言及はなく、この案が通り、貸金業規制法、すなわち「貸金業法」が成立するに至りました。


貸金業法が施行されたのは、昭和58年。

グレーゾーン金利に関して一応の見通しが立ってからわずか1年となりました。

それだけ、この問題には早急な解決が必要だったという事を如実に表していた出来事でした。

それでも、サラ金問題が浮上した昭和52年から、実に6年間もの間、具体的な解決法を見出せず、多くの日本国民は貸金業に対して大きな猜疑心を抱くことになりました。

これに関しては、健全な経営を行っていた貸金業者にとってはかなりの痛手となり、結果的にこの後貸金業は大きな変化を求められることとなりました。


また、貸金業法も成立したとはいえ、まだ問題点も多くありました。

一応この時点で、出資法の定める上限金利は109.5%から40.004%へと、段階的にですが引き下げられました。

ただ、これでグレーゾーン金利がなくなったわけではありません。

利息制限法で設定されている上限金利は、元本の金額によって15?20%に変動しますが、最大でも20%です。

ですから、20~40%の間はグレーゾーンとなり、利息制限法の上限金利が実質的に意味を成さない状況となってしまったのです。

迷走を続けた貸金業規制

サラ金問題における解決がなかなか見られない中、貸金業法の制定に関してはなかなか画期的・建設的なものが作られず、結果的に貸金業法の制定に関する話し合いは迷走する形になってしまいました。


この迷走は深刻で、一度金利の調整ができずにまとまらなかったというだけでなく、その後も幾度となく案が出されるもうまくいかず、調整不可能という状態に陥っていました。

これには原因があり、出資法における上限の金利を引き下げるボーダーをどこに設定するか、利息制限法の規定している上限の金利を超過しているが出資法の定めている上限金利は超えていない間の金利に関してはどう取り扱うかというところで、どうしても折り合いが付かなかったのです。

特に後者関しては、その後2000年代中盤まで引きずる問題となりました。

いわゆる『グレーゾーン金利』と呼ばれる金利です。


利息制限法と出資法の足並みを揃えなかったツケがここに来て大きな問題となったのですが、それに対してもなかなか足並みを揃えることができず、民意をほったらかしにして迷走は続き、審議がまとまらないまま時間だけが過ぎていきました。


このグレーゾーン金利問題が解決しなかった要因としては、かつて最高裁で下された判決との整合性が一番に挙げられます。


かつて、こういった最高裁においては、利息禁止法で規定されている金利を超えて支払った金額に関しては、元本に充当されて、この元本が完済された場合には不当利得として返還請求するという判決を下していました。

もし利息禁止法の金利を変えるとなると、そういった点で過去との食い違いが生まれるので、そこで色々とこんがらがったようです。

2010年1月1日

サラ金問題拡大と貸金業規制

昭和50年代に入ると、日本は高度成長期の真っ只中に突入すると同時に、貸金業界の肥大、増長が顕著になってきました。

それによって、多くの一般人が泣きを見ることになり、それが社会問題となって、連日ニュースなどでも取り上げられるようになりました。


この問題は、『サラ金問題』という名称で多くの媒体によって取り扱われ、かなり大きな問題となりました。

この問題には国会も動きを見せ、貸金業問題関係省庁連絡会の設置により貸金業者に対しての刑事上の取締りを行う他、行政上の指導、協議を行うようになりました。

これが、貸金業法の制定の発端といえます。


ただ、これもまだ足並みが揃わず、結果としては失敗に終わります。

明確に金利を抑える民法化が実現しなかったからです。

金利の取り扱いに対して、調整が困難であるという判断がなされたからです。


金利の調整は、各機関が納得する形で行う必要があります。

ただ、やはり中にはそれに異を唱える所も少なからずありました。

たとえ行政や警察が音頭をとっても、当時はそれが実現できないくらい貸金業者の力が強かったという見方もできます。

そういった背景もあり、結局この時の問題に対しての解決法も見かけだけのもので、根本的な解決には至らなかったというのが実情でした。


その一方で、『サラ金問題』はさらに大きな社会問題として取り扱われるようになり、その結果、政治不信を強める要因となり、単純な一問題としてだけでなく、日本全体の問題へと発展していったのです。

貸金業法が制定されるまでには、こういった大問題が勃発していたのです。

高度成長期での貸金業規制

貸金業の規制が現在の貸金業法に近付いてきたのは、日本が高度成長期に突入してからだと言われています。

高度成長期に突入すると、日本はガラッと様相を変えました。

それまでは、とにかく復興を目的とした、寝る間も惜しんで働け働けという思想が定着していましたが、徐々により合理的、建設的な社会を目指そうという動きが活発化してきたのです。

精神論ばかりだった日本に、ようやく合理性というものが生まれてきた時代ですね。

そこに、貸金業法の大きな基礎となる規制が生まれてきたのは、必然といえるでしょう。


高度成長期は、多くの人が自分で会社を興したり、商売を始めたりという動きを行ったこともあり、貸金業も一層の繁盛を見せていたようです。

当然、そうなって来ると穴あきだらけの規制では消費者の不満が爆発します。

そして、1972年に『貸金業者の自主規制の助長に関する法律』が制定されました。

ただ、これはあくまでも貸金業者自身が自主規制という形で守る法律という形で、いわゆる社訓のようなものでしたから、規制効果はほとんどないものでした。


実際に現在の貸金業法の基礎ができ上がったのは、高度成長期真っ只中、1970年代後半です。

昭和50年代に突入すると、上記のような上辺だけの法律を盾に、多くの金貸業者が高利貸付、過剰な貸付、そして陰惨極まりない取立てを行い、傍若無人ここに極まれりといった状況になってしまいました。


そこで、この問題点を解決すべく、新たに法整備が行われることとなったのです。

出資法とはどういう法律か?

貸金業法が制定されるまで、日本の貸金業に対する規制というものは紆余曲折を経ています。

貸金業法に辿り着くまで、幾度かの見直し、あるいはフルチェンジを余儀なくされる事もありました。

そんな中、1954年に制定されたのが、「出資法」と呼ばれる法律です。


この出資法にも、問題点はありました。

前身の貸金業取締法が不手際によって金利について触れることがなかった事もあり、当然出資法では金利の上限規制について規定していました。

ただ、この規制はいわゆる実質的なお飾りとなってしまいました。

というのも、貸金業における実態調査の目的を有しているに過ぎず、貸金業が開業の際に届出をしなくてはならない、報告徴収をしなくてはならない、立入検査を実施するという内容であったにも関わらず、それが実際に適用されていたかというと、ほとんど適用されていませんでした。

つまり、見せかけだけで、実際には意味のない法律だったということです。


こういった、定義だけしっかりしていても実際に書かれている内容を実施している訳ではないという法律は、今でも多数存在しています。

その為、政治に対する不信感が常に一般人の間には流れているのでしょう。

特に貸金業は、戦後の日本におけるお金のない庶民にとって、最後の助け舟となる存在でした。

その貸金業にやりたい放題されてしまうというのがどういった事か、想像に難くないかと思います。

ある意味、戦後すぐの焼け野原以上に、多くの人が人生を焼け野原にしてしまったかもしれません。